『能の必需品』、前回の鬘類1(バス、本鬘、姥鬘、山姥鬘、老女鬘)に続く第2段は、〈尉髪(じょうがみ)〉と鬘類をつけるのに使う道具を紹介する。
1)尉髪(じょうがみ)
〈尉髪〉とは、能のおじいさんの役に用いられる仮髪のこと。主に尉面をかける能の前シテに使われる。素材は鬘類と同じ「バス(馬尾毛)」と呼ばれる馬のしっぽが用いられており、総白髪のイメージで薄茶や鼠茶色で作られる。驚くのはその形状で、髪の毛というよりも「腰蓑…?」と聞きたくなるこの姿。ここから毎回、舞台の度に結い上げる。
白い1本の紐に毛が約35センチ幅に縫いつけられている。この白い紐を頭に固定し、その都度結い上げ形を作る。……といっても全く想像がつかないので、実践していただいた(なお、本来は鬘や尉髪は3人がかりでつけるものだが、今回は虫干しのお忙しい中お邪魔したためおふたりで、また作業着姿?でつけていただいています)。
2)尉髪をつける
【01】〈尉髪〉をつける人ははじめに白い帽子をかぶる。その状態でひとりが後頭部の生え際に沿って尉髪をあて位置を確認する。その際、装着者は〈尉髪〉の白い紐の真ん中にある輪に固定用の紐を通し首の前で引っ張る(装着時のズレを防止のため)。
【02】耳の下に紐を通し、正面真ん中で紐をクロス。位置を微調整しつつ、前で一度結んで固定。
【03】結び目を装着者に押さえさせ、そのまま余った紐を今度は耳の上を通り後ろで結びしっかりと固定する。
【04】正面でズレないようにおさえつつ、尉髪をクシで整えながらポニーテールするようにまとめる。
【05】頭頂部の月代(さかやき/写真の頭上の白く出ている部分)の広さなどを整えつつ、キマったら麻紐で根本を結わえる。
【06】ポニーテール部分を引き上げて曲げ、穂先を整えつつ前に持って行く。
【07】根本部分を再度固定。きっちりとかた結びにし、余分な麻糸はハサミで切る。
【08】全体を整えて完成!!!
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ちなみに、頭の上に載る髷(まげ)の部分は、真ん中で一度束ね帽子に固定する場合もある(下の写真の矢印部分)。束ねるのには尉髪から落ちた毛などを利用し、目立たないようになっている。
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「三笑」や「唐船」、「昭君」の前シテなど、髷を結わずにおろす場合もある。
ちなみに、〈尉髪〉をとめるのには麻紐が使われるが、銕之丞家ではこれを「二枚糸(にまいいと)」と呼ぶのだそうで、これは昔は麻の紐を二本縒って使っていたことに由来する。家によっては「尉元結(じょうもっとい)」といったり、呼称は様々。昔ながらの製法でつくられた麻糸(精麻)は大変貴重なもの。
2)道具
1.〈帽子〉
〈鬘〉〈尉髪〉をつける場合に欠かせないのが、綿でできた〈帽子〉。銕之丞家では黒と白の二種類で、黒髪のもの(バス、本鬘、姥鬘)や黒頭をつける場合と、白っぽい山姥鬘や老女鬘、尉髪、白頭(しろがしら)などをつける場合とで使い分けている。流儀や家によっては、赤頭のための赤色の帽子があるところも。水泳帽のようにかぶり、後ろで紐を結び調節する。
〈帽子〉は完全に個人所有で、大きさも人それぞれ。谷本さんの場合、黒の帽子は2通り持っていて、ひとつは耳も一緒に押し込める(耳が張っているので鬘が割れてしまうのをさける)ため、少し大きめ仕様にしている。〈帽子〉はすべて知人に頼んで作ってもらったそうだ。ちなみに子方が鬘をつける場合、子供用の少し小さめの〈帽子〉を使用する。
2.〈下掛け〉と〈元結〉
〈下掛け〉:〈鬘〉をつける際に用いる紐状の道具。〈鬘〉を結う際、浮かないようにするためなどに使われる。真ん中に写真のような目印があり、人にもよるがこの目印を眉間の真ん中にあて、鬘の上を通して後ろで結び、鬘とともに〈元結(もっとい)〉で束ねられる。
〈元結〉:髪の毛を結ぶ紐で、鬘の色に合わせて白と黒がある。縒った和紙をロウでコーティングしたもので、相撲や舞踊などで使われるのと同じものを用いているとのこと。
〈元結〉は、〈針だとう〉(第一回参照)とともに装束と必ず一緒に持っていく。結ぶときに2本使う家もあれば、1本でする家もあるそうだ。また、〈元結〉は髪の毛をだけでなく、たとえば白麻の狩衣の肩上げに使われるなど装束を留めるのにも使われることもある。
3.〈ツゲの櫛〉と〈握りバサミ〉
楽屋では単に「櫛」「ハサミ」と呼ばれる。櫛は本ツゲのものを使用する。目の粗いものはバス用で、本鬘の場合は目の細かい櫛を使うそう。この一式は、つねに〈針だとう〉に収められている。
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「白帽子は、使う前に紅茶やウーロン茶などで煮出して染めてから使うといいと、先生(銕之丞氏)から教えていただきました。そうすると、つけたときに尉髪との色の折り合いがよくなります。僕は濃い紅茶で煮出しました」(谷本さん談)
〈尉髪〉を結い上げる際、頭頂部の出し方などはそれぞれの好みがあるという。前シテで使用されることが多く、中入りで装束を素早くかえるためもあるのだろう、取る際に結った形のままスポッとはずれることにも驚いた。能の舞台では定番の〈尉髪〉、たまには注目してみるのもおもしろいかもしれない。
監修/谷本健吾(シテ方観世流)
協力/銕仙会、鵜澤光、安藤貴康
舞台写真/駒井壮介
※当連載は観世銕之丞家で行われている方式や手順に拠っています。
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※取材当日は銕仙会では虫干しの真っ最中。みなさんレアなTシャツ短パン姿でした。大変お忙しいところご協力いただき、どうもありがとうございました。
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▼能楽師のみなさんがお使いになる〈能の必需品〉を紹介するこのシリーズは、能面や能装束に造詣の深いシテ方観世流能楽師の谷本健吾さんにご協力いただき、実演者ならではの視点で観客がなかなか目にすることのできない必需品を解説していただきます。
谷本健吾氏
シテ方観世流。銕仙会所属。昭和50(1975)年生。谷本正鉦の孫。祖父および八世観世銕之亟、九世観世銕之丞に師事。昭和55年「鞍馬天狗・花見」で初舞台。「千歳」、「石橋」、「乱」、「道成寺」を披く。『煌ノ会』、『瑠璃の会』、『三人の会』、『鉦交会』主宰。国士舘大学21世紀アジア学部非常勤講師、明星大学人文学部非常勤講師。好きな食べ物は甘いものとお寿司。
【出演情報】
2017年
8月19日(土)
能「高砂」
(八王子薪能/子安神社)
11月25日(土)
能「松風」
(瑠璃の会/銕仙会能楽研修所)
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